話題
自治退第 1回役員会でTPPに関する見解を決定
自治退は、1月25日の第一回役員会でTPPに関する見解を決定した。
TPP参加をめぐって関係者の間では賛否両論がある。自治退としては参加による利益が認められない反面、大きな不利益をもたらす危惧があるという判断から今次見解をまとめた。
TPPについて(見解)
菅・野田政権は前のめりでTPP協議への参加を進めようとしてきた。しかし、抽象的な輸出拡大の期待という言葉はあるが、参加推進を主張する誰からも参加によって日本にとっていかなる利益があるか具体的・実証的な見通しは語られない。これは語るべき利益がないためではないかと思われる。
TPPは太平洋を取り巻く諸国が貿易の障壁を取り除いて相互に輸出入を拡大するというふれこみだが、限られた参加予定国の貿易規模をみると、事実上日米関係に尽きる。
これまでの円ドル比率・日米貿易の動向からみて、TPP参加によって対米輸出が増加する見通しは期待できない。米以外の経済規模の小さなTPP関連国との間で大規模に輸出が増加することはない。
他方、農業を中心に当事者が鋭い問題提起をしているとおり、関係国が主張する関税政策に沿ってTPP参加をすすめれば日本農業への深刻な打撃が想定される。
しかも米政府の主張を見れば、農業にとどまらない広範な負の影響が想定される。
非関税障壁として米政府が日本政府に撤廃を要求してきた事項には、市場に委ねるべきで
ない領域として公的管理の下においてきた<医療・介護・保育・教育>等についても外国
企業が自由参入し、公定価格を外した市場に委ねることが含まれる。
貿易の視点ではなく、経済利益と市民生活を犠牲にしても安全保障のために米政府の要求をのむべきとする論者もあるが、米要求を受け容れたとしても、有事に米国が自国の市民を犠牲にして日本を防衛する見通しはほぼないという現実を直視すべきである。
1. TPPの本質は日米関係
(1) TPP参加を表明している関係国との貿易規模を考慮すれば、事実上日米の二国間関係が中軸になる。
(2) 前川レポートから続く米国基準の強要
① 前川委員会とそのレポート:85年委員会設置86年レポート、中曽根内閣のもと貿易摩擦を理由に日本市場を米国に開放するための諸施策を求められたことへの対処。<内需拡大>・<市場開放>・<金融自由化>につながった。
② 日米構造障壁協議:ブッシュ政権と宇野内閣で開始し89年から90年まで。<公共投資>・<土地税制>・<大店法>につながった。
③ 日米包括経済協議:93年
④ 年次改善要望書:94年~08年。鳩山内閣時代に廃止したが、この間実に多くの「要望事項」が実施されてきた。
⑤ 日米経済調和対話:11年。年次要望書が形を変えて再開。
形式の変遷はあるが、絶えることのない米の対日要求が続いている。これらを通じて日本政府は段階的に米国政府の要求を受け入れ、結果として国内経済・社会に大きな影響を与えてきた。米がTPP協議に途中から加わり(2006年シンガポール・ブルネイ・チリ・ニュージーランドで締結されたP4が母体、2010年に米・豪・ペルー・ベトナムが加わった)、今次日本に参加を求めているのは、積年の対日要求を一気に成就させたいという意図によるものである。「米国の陰謀」という表現は当たらない。公開された露骨で強力な要求にいかに対応するかの問題。裏返せばTPP参加は日本がこれまで抵抗してきた課題をまとめてのみ込むという選択になる。
(3) 米の対日要求の例(通商代表部外国貿易障壁報告の日本部分)
① 輸入政策:牛肉・コメ・小麦・豚肉・水産品など
② サービス:日本郵政・保険(かんぽ生命・共済など)・金融サービス・流通サービス・電気通信・情報技術・司法サービス・医療サービス(営利病院参入・外国アクセス)・教育サービス
③知的財産
④ 政府調達への参入
⑤ 投資障壁
⑥ 反競争的慣行
⑦ その他(商法・会社法、自動車と部品、医療機器と医薬品、衛星市場)
2. 日本経済にとって展望があるのは中国をはじめとする東アジア連携であって、米との関係は限界に来ている。輸出拡大が無条件に国益であるとはいえないが、その指標で考えてもTPP参加の効果はほとんどない。
(1) 輸出拡大が国益だと主張するなら、日本の輸出相手国としてデータが示すところは、TPP参加を表明している関係国より、不参加の中国・韓国・台湾・香港・インドが主力である(2010年:米15.3%、中・韓・台・香港で38.8%)
(2) 対米輸出は米GDPの伸びにもかかわらずこの15年横ばいもしくは低下しており、TPPに参加してもこの傾向は変わらないと思われる。TPP協議にあたる米の意図は率直に公的に述べられているとおり、大きな国内市場を持つ日本への米の輸出拡大を実現することにある。TPP交渉はアメリカ主導の日本包囲網でしかなく、日本の輸出拡大にはつながらない。
(3) 日本の平均関税率は諸外国に比して低く、既に開かれている。この実績でTPP不参加国を含む東アジア諸国との関係を深めることが貿易拡大につながる。
3. 日本にとって想定される不利益は多数
(1) これまで主として農業関係者が国内農業の破壊になるとして反対を表明している。日本農業を産業として持続発展させるための改革と政策は不可欠である。しかし、そのためにTPPによって既得権益と政治力を破壊するという主張はあたらない。置かれた状況からは米農業の既得権益と政治力がこれに置きかわるにすぎない。既に現状でも米国による穀物の種子や価格・供給量のコントロールは支配的になっている。輸入に頼る食糧調達政策は、国民生活を輸出国に委ねる危険な選択である。
(2) しかし、影響は関税で影響を受ける農業分野にとどまらない。社会的規制・安全規制・取引慣行などの非関税障壁が取り上げられる。国際的な資本移動の自由拡大など米国資本が日本市場で自由に営利活動をするための仕組みが成就すれば広範な影響が出る。
これまでの米要求事項に照らしても、医療の営利化による公的医療皆保険の破壊、共済制度の破壊、「郵貯・かんぽ」の蓄積資金運用への米ファンド関与、地域産業に配慮した政府調達の否定などが直ちに想定される。
(3) 認めがたいISD条項(Investor-State Dispute:「投資」の項で論じられる「国家と投資家の間の紛争解決手続き」:投資家が投資紛争解決国際センター(ICSID)などの国際仲裁機関に付託する仕組みの条項)
① 政府間の協議は基本的には力関係だが、国内事情を考慮したその国固有の主張はある程度尊重される。
② しかし、ISD条項が導入されれば政府の配慮や譲歩とかかわりなく投資家が国家を訴え、「政府の政策が投資家に被害を与えたか」のみを問い、「政府の政策が公共の利益に必要か」に優先する基準で事案を処理することとなる。アメリカのファンドが日本政府を訴えて勝訴すれば、国内で公共の利益と調和してきた諸制度がテーマごとに破壊される。これまでに日米政府間交渉のテーブルに載ったものもそうでないものも投資家が事を起こせる。米韓FTAに反対する韓国議員は主としてこの条項を批判して闘っている。
③ TPP交渉がこの条項を取り入れるものになれば、国内の公共利益は外国の投資家の利益に屈服させられる。
(4) 「国民の生活が第一」に逆行、高齢者を直撃
この間のグローバル経済化(=アメリカ基準の適用拡大)は、底辺に向かう競争を惹き起こし、企業収益は上昇しても労働分配率は低下し、社会保障の基盤が脅かされてきた。グローバル経済と対で主張されてきた自己責任論は貧困高齢者を直撃している。一部多国籍企業の利益より、国民の利益を優先する「国民の生活が第一」を実現すべきである。
4. 政府はTPP交渉参加方針を改めよ
・ TPP参加による経済・社会的利益が誰にも実証的に説明できない。・ 想定される不利益は明白。
・ 経済関係から発想するなら、進行しているTPPグループより、中国・韓国・インド・ASEAN諸国との連携に展望がある。
・ 別次元の安全保障関係維持が目的であれば、TPP不参加でも可能な選択肢はある。
・ 政府はTPP交渉参加方針を改め、冷静な国際環境の分析に基づいて日本社会の公共利益と経済の調和的発展計画を作るべきである。